高知市から高速道路と一般道を使って片道3時間、南西へ約150km進んだ所に「足摺半島(あしずりはんとう)」という地があります。電車の走っていない地域のため、自家用車以外でのアクセスが割と困難なこの半島の一番南には、1972年に足摺宇和海国立公園に指定された、四国最南端の地ともよばれている「足摺岬」があります。1949年には、同名の小説を田宮虎彦が発表しました。「自殺を計画した主人公が岬へ向かうが、天候の悪化でそれを諦め、旅館の人々との出会いで思いとどまる」という内容の話です。自死をテーマにした内容のためか、この小説がきっかけで一時期は自殺者が増えたこともあるとのこと。岬には自殺防止を呼びかける看板も立っているそうです。

 つい先日、精神状態が不安定な状態でこの小説を読み返した私は、現在の精神状態でこの地に行くと、果たして自分はどのような行動をとるだろうか、とフト考えました。不安定な状態で自死について考えるとその考えは止まらず、それからの数日間は足摺に想いを馳せたり、行旅死亡人と全国各地の半島との因果関係を調べたりする毎日でした。そんなことばかり調べていると気持ちが落ちてくるので、いちおう観光という体で「足摺」という地について調べていると、今まで見たことの無い衝撃的なフォルムの建物や謎の風景が続々と出てきました。さらに「足摺」をタイトルに掲げる漫画を見つけて購入。貪るように読みました。そんな足ズリ狂いになってしまっていたある日の夜、まだ訪れてもいない足ズリの光景が夢の中に出てくるまでになりました。おぼろげな記憶ですが、ぼんやりとした海岸線の手前に、ネットで調べた衝撃的な建物が蜃気楼のように浮かんでいるような光景でした。それでいよいよ、足ズリイキを決意したのです。

 前述の夢を見た翌々日、朝6時に一人で自宅を出ました。その日の自分は朝から自暴自棄になっていたので、高知の果てで果てても構わないといった心境で、ガソリンも入れずに出発しました。瀬戸大橋を渡って香川を通り過ぎ愛媛を通り過ぎ高知市を通り過ぎて高知自動車道の終点に着くと、そこは四万十町という場所でした。すでに私にとっては未知の場所ですが、目的としている場所はまだまだ南にあるようです。海岸沿いの道をひたすら南下していると、サーファーが喜んで飛びつきそうなロケーションの浜辺を見つけました。立ち寄ってみると案の定、複数のサーファーが海の上でボードに乗って好き放題やっています。駐車場にはハイエースなどのワゴン車が等間隔に停車していたので、サーフィンに飽きた連中が、トランプや談笑などをヤり放題やっていたかもしれません。

 ハイエース内の情事を妄想しながら、合計5時間の孤独なドライブを経て目的地の足摺に到着。駐車場に車を停めると、民宿や食堂・土産物屋などが立ち並ぶ光景が眼前に広がります。土産物屋に立ち寄ってみましたが、鍵は開いているものの、店内には客も人もおらず、声をかけても返事が返ってきません。そばにあった「珊瑚博物館」という建物は、竜宮城という大仰な名前を掲げた絢爛豪華な様相だったのですが、何年も前に運営中止したとのこと。立派な外観には蔦が生い茂り、風雨にさらされて廃墟と化しています。それらの風景は、今の私には「時代に取り残された」趣ある風景というよりも、「人為が堆積して放置された」ダメな風景に見えました。

 土産物屋のエリアを抜け、正気の沙汰とは思えない造形の岩がゴロゴロと並ぶ海岸をてくてく歩くと、ついに夢にまで出てきた衝撃の建物「足摺海底館」が目の前に現れました。太平洋の海中からニョキッと突き出た建物は、四方が覗ける潜望鏡とでも言えばいいのか、例えることが難しい独特のカタチをしています。白と赤のカラーリングも鮮やかで、赤い先端部分は四方向に分かれています。そのうちの一つからは桟橋が伸びていて、訪れる人たちを中へと誘導しています。中に入ると下へと続く螺旋階段があり、降りたところは、丸い窓が並ぶ海中展望施設になっていました。

 到着して数十分もの間、私は入口へ続く桟橋を渡ろうとせず、奇妙な岩が並ぶ海岸から赤と白の奇妙な建物を眺め続けました。私は建物を見て泣きました。比喩ではなく涙を流したのです。いまこうして自分が見ている建物が、あの日夢に出てきた光景の中にあった建物と、寸分の違いもなかったからです。泣いた理由はそれだけではありません。このへんちくりんな建物が、私が生まれるずっと前からこの僻地みたいなところでおっ建っていて、実に40年以上も、この姿で、ギンギンで、ビンビンで、ある。という当たり前のことにバカみたいに感動してしまったのでした。建物を見て泣いたのは生まれて初めての経験です。

 そして泣きながら同時に、興奮を覚えていました。その造形のほのかなエロチシズムにあらゆる欲望が呼び覚まされたのです。可愛らしさとエロスに加え、堂々さも兼ね備えたたくましいフォルムの海底館。「こんな建物にナマで出会ったら、私だったら海に入る前からビキニが濡れてるわ」と、私の中のバザロバ・ナタリア氏(世界青少年の会 議長)がつぶやいています。もし今後どこかで「あなたの思うセックスシンボルは?」という質問を受けた場合、私はためらわず「足摺海底館です」と答えよう、そのように思いました。たとえセックスシンボルの正しい意味から外れているとしても、私のセックスシンボルは四国の南の僻地で、珍妙なカタチをしてギンギンでビンビンなのです。

 ひとしきり泣き濡れてフンコーした私は、この後予定していた足摺岬への訪問を辞め、帰宅することを決意しました。つまり足ズリの先っぽで果てる前に満足してしまったのです。蹌踉(そうろう)として自宅まで帰りました。

 だから足摺岬には行っていません。ゴメン。